早稲田大学エジプト学研究所
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研究成果報告

 本研究は、エジプト・アラブ共和国の世界遺産メンフィス・ネクロポリスの遺跡整備計画を提示することを目的とする。「遺跡の重要性の理解」、「将来的に遺跡に及ぼす要素」の調査を行い、遺跡保存整備計画の策定を提示した。この整備計画は考古学、保存科学、建築史学、地質学、観光学、衛星画像解析などの学際的成果がベースにあり、メンフィス・ネクロポリスの各遺跡の具体的な整備方針に資するモデル・ケースとなるものである。

 

1.研究開始当初の背景
 エジプト・アラブ共和国、メンフィス・ネクロポリスはギザの大ピラミッドなど、世界でも最も重要な遺跡が集中する地区であり、1970年代に世界文化遺産に登録されている。
 近年、この遺跡群でも人口増加による環境汚染、地下水の上昇、観光客の増加、開発による遺跡破壊など様々な遺跡劣化の問題が表面化しつつあるが、全体的な遺跡整備計画に関しては議論が遅れており、整備計画の必要性が高まっていた。
 これらの遺跡劣化の問題を受けて、メンフィス・ネクロポリスの遺跡整備計画(Site Management Plan)を提示することを研究の目的とした。特に考古学、保存科学、観光学、地質学など、様々な側面から学際的な研究を実施し、整備計画を策定することを目指した。

 

2.研究の目的
   本研究では、「遺跡の重要性の理解」、「将来に影響を及ぼす要素」、「方針の策定」という主に3つの行程を経て、メンフィス・ネクロポリスの遺跡整備計画を策定することを目的とした。


遺跡整備計画策定へのプロセス

 

3.研究の方法
研究の方法は、国際記念物遺跡会議(ICOMOS)が設定した国際的な遺跡整備のガイダンスである「Burra Charter」の行程を参照として以下のような3つの行程を経て行われた。

(1)エジプト学、考古学の側面から踏査を行いメンフィス・ネクロポリスの現状に関する情報を収集した。また、発掘調査を継続し、当該地区の理解を深める。 遺跡の現状を視覚的に理解し、重要性の理解を容易にするために、メンフィス・ネクロポリスの人工衛星の画像の解析、地理情報システム(GIS)を用いて遺跡の重要性の評価を行った。


衛星画像による現状把握(アブ・ロアシュ)

アブ・シール南丘陵遺跡の高精細遺跡地図

(2)新たなインフラ整備や観光開発、新たな発掘調査、遺跡整備の方法、地下水・地質の状況、地域住民の活動などの将来影響を与えると考えられる要素について、保存科学、地質学、観光学の観点から調査を行い、その対策について検証した。 同じく衛星画像や遺跡情報GISにそれらの情報を記録した。


遺跡整備の観点からの調査

サッカラ北部の遺跡エリアに集積したゴミ


遺跡に迫る現代の墓地

ダハシュール北遺跡における地質の調査

 

(3)以上2つの調査研究を踏まえて、メンフィス・ネクロポリスの遺跡整備計画を提示した。

 

4.研究成果
   本研究では、「遺跡の重要性の理解」、「将来的に遺跡に影響を及ぼす要素」に関する調査を経て、最終的にメンフィス・ネクロポリスの遺跡整備計画を提示した。
   「遺跡の重要性の理解」では、まずメンフィス・ネクロポリスにおける遺跡個別の情報や調査史をまとめ、保存整備の計画を策定していく上での遺跡の性格や重要なポイントを確認していく作業を行った。 メンフィス・ネクロポリスに属し、研究代表者が継続的に調査を行っているアブ・シール南丘陵遺跡、ダハシュール北遺跡での調査を引き続き実施し、具体的な資料からメンフィス・ネクロポリスの重要性について掘り下げていく作業を行った。 アブ・シール南丘陵遺跡におけるラメセス2世の孫イシスネフェルト墓の調査や、ダハシュール北遺跡におけるシャフト墓の調査成果など、特に新王国時代エジプトにおけるメンフィスの位置づけを問い直す成果が得られ、保存整備計画の方針策定に重要な材料を加えることができた。

アブ・シール:ラメセス2世の孫イシスネフェルトの石棺

ダハシュール北遺跡で発見された未盗掘木棺

   「将来的に遺跡に及ぼす要素」については、現地踏査を通して遺跡の現状記録をまず実施した。 具体的には、遺跡整備の進行状況や遺跡の劣化状況、近隣住民によるゴミや地形改変、現代墓地の発展、盗掘の状況である。 これらの情報は、「重要性の理解」で収集された遺跡の情報に加え、リモートセンシングによる衛星画像データも含めGIS(地理情報システム)のデータベースに統合することで、遺跡の現状を広域的な視野によって可視化し、研究参加者の間で共有した。 こうした仕組みを用いて、考古学、建築史学、保存科学、観光学の専門家からの意見を集約し、学際的な視点から「将来的に遺跡に及ぼす要素」について吟味した。 特に、広域的な視点から確認したことで、遺跡のゾーニングに関する不備が、遺跡破壊に大きく影響していることが判明した。 また、研究期間中の2011年1月にエジプト政変があり、その後の治安悪化によってメンフィス・ネクロポリスにおいても盗掘が横行するという状況があった。 衛星画像の時系列の比較から、被害が起こっているスポット、進行状況を評価することができ、遺跡の保安整備における弱点を見つけることができた。 この分析結果は、保存整備計画における重要な項目として、成果に盛り込まれている。 また、アブ・シール南丘陵遺跡、ダハシュール北遺跡においては、保存科学や地質学から、個別の遺構や遺物の保存修復におけるケース・スタディーを実施しており、これらの成果はメンフィス・ネクロポリス全体に敷衍できるものである。

衛星画像から観た南ダハシュールにおける盗掘の進行状況

   最後に、上記2つの研究成果を踏まえ、メンフィス・ネクロポリスにおける具体的な保存整備計画の提示を行った。 当該地域に包含される各遺跡にはそれぞれ特徴があるため、アブ・ロアシュ、ギザ、アブ・シール、サッカラ、ダハシュールおよびマズグーナの主要な地域に分割し、それぞれの性格を活かした保存整備計画の概要を提示した。 そして、アブ・シール南丘陵遺跡、ダハシュール北遺跡においては、前者は地上の遺構中心の遺跡の例、後者は地下の遺構中心の遺跡の例として、より具体的な保存整備計画の提示を行った。 この2遺跡における保存整備計画には、考古学だけでなく、建築史学や保存科学、地質学、観光学、分析化学、人工衛星画像解析等の学際的成果がベースにあり、メンフィス・ネクロポリスの各遺跡の具体的な整備方針に資するモデル・ケースとなるものである。

   具体的な成果の内容については、成果報告書第1集および第2集に記載されている。

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