早稲田大学エジプト学研究所
 
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王家の谷・アメンヘテプ3世王墓の調査

1. はじめに

 早稲田大学古代エジプト調査隊は、1971年にエジプト・アラブ共和国、ルクソール西岸のマルカタ南遺跡で発掘調査を開始した。1974年1月には、マルカタ南遺跡のコム・アル=サマック(魚の丘)において、新王国時代第18王朝のファラオ、アメンヘテプ3世の彩色階段を発見した。
 アメンヘテプ3世は新王国時代第18王朝、第9代のファラオであり、在位期間は紀元前1388〜1351年頃までの約38年に及ぶ。同王の治世は、古代エジプトが文化的、経済的に最も繁栄した時期であり、エジプトの領土は最大規模を誇っていた。また充実した国力を裏付けるかのように、マルカタ王宮、アメンヘテプ3世葬祭神殿など、エジプト各地で大規模な建築活動を数多く行っている。
 魚の丘の彩色階段の発見を受けて、調査隊はアメンヘテプ3世時代の研究を主なテーマとし、関連する遺跡の調査を継続してきた。ルクソール西岸のネクロポリスでは、アメンヘテプ3世時代の岩窟墓などを調査し、1989年8月からは、王家の谷・西谷に位置するアメンヘテプ3世王墓(KV 22)において調査研究とその保存修復に取り組んでいる。

2. アメンヘテプ3世王墓の立地

王家の谷・西谷とアメンヘテプ3世王墓(KV 22)
王家の谷・西谷とアメンヘテプ3世王墓(KV 22)


  ルクソール西岸の王家の谷は東谷と西谷で構成されており、東谷にはトトメス3世王墓(KV 34)、トゥトアンクアメン王墓(KV 62)、ラメセス2世王墓(KV 7)、2006年に新発見されたKV 63など、新王国時代の王墓を含む埋葬施設がある。
 一方、アメンヘテプ3世王墓は、王家の谷の入口から西側に入る西谷に位置している。西谷には、その他にアイ王墓(KV 23)などがある。




王家の谷・西谷とアメンヘテプ3世王墓(KV 22)
アメンヘテプ3世王墓周辺地図

3. アメンヘテプ3世王墓および周辺の調査

王家の谷・西谷とアメンヘテプ3世王墓(KV 22)
アメンヘテプ3世王墓主要遺物

 王墓内部の調査は、これまでに1799年8月ナポレオンのエジプト遠征に随行した2人のフランス人技師の発見に始まり、シャンポリオン、レプシウス、ロレ、エアトン、カーター、ピアンコフ、ホルヌンクなど数多くの著名なエジプト学者によって行われてきた。
 ただし、これまでの調査では、墓内部の正確な図面、壁画の記録などが発表されていないことから、早稲田大学古代エジプト調査隊による調査では、王墓内部に堆積していた土砂などのクリーニングを行い、墓の測量、壁画の記録などを行った。
 さらに王墓をめぐって、その造営、利用、再利用など、古代エジプト人の活動を包括的に理解することを目的として、王墓周辺において発掘調査およびグラフィトの記録調査を実施した。これらの調査は1989年から2000年まで計15回実施された。
 王墓内部は、すでにハワード・カーターが1915年にクリーニングを行ったと報告しているものの、実際には土砂が残っていた。調査隊のクリーニングによって、王妃ティイのものと考えられる黄色ファイアンス製シャブティ片、アメンヘテプ3世の青色ファイアンス製ブレスレット片、アメンヘテプ3世のシャブティ片など、王の副葬品の全体像を知る上で重要な遺物が多数発見された。
 また、壁画の記録、墓の測量によって、王墓の現状がほぼ完全に記録され、これまでにない信頼性の高いデータを得るとともに、王墓の保存修復の必要性と緊急性、また、その実施に向けた様々な課題が認識されることとなった。
 王墓外部の発掘調査では、王墓入口前から鎮壇具1セットが出土した。すでにカーターが墓の入口前で鎮壇具を5セット発見しており、本調査隊の成果とあわせて6セットの鎮壇具があったことになる。
 さらに、王墓の南約60mに位置する岩窟遺構(KV Aと呼称)、およびKV Aと王墓の間の区域においても調査をおこなった。これらの発掘では、職人たちの出欠簿である石灰岩のオストラカや顔料のパレットとして利用された土器片、水甕など、王墓造営職人の活動に関する数多くの資料を得ることができた。また、王墓の周辺では西谷の地形測量、地中探査なども実施した。

4. アメンヘテプ3世王墓の保存修復プロジェクト

 アメンヘテプ3世王墓は、第18王朝の中でも最大規模を誇る。その王墓に描かれた壁画は、古代エジプト史の中でも最高水準にあり、緻密で色鮮やかなものである。
 しかし、1989年の調査開始時には、これまでコウモリが長年にわたり王墓に出入りした結果、その排泄物や微生物の影響などで壁面は汚れ、王墓内部の自然崩落、亀裂進行、さらに人為的破壊などによって、壁画は深刻な被害を受けていた。
 この王墓を崩壊の危機から救い、貴重な文化遺産を後世に適切な形で継承することを目的とし、早稲田大学エジプト学研究所は、2001年から2004年にかけて2期にわたりアメンヘテプ3世王墓の保存修復プロジェクトを実施した。プロジェクトは日本国外務省ユネスコ/日本信託基金の助成を受け、またユネスコ、エジプト考古最高評議会の協力を得た。2009年度からは、このプロジェクトの第3期をスタートさせる予定である。

5. 保存修復作業の概要

 王墓の保存修復プロジェクトは、これまで第1期として2003年1月〜5月の約4ヶ月半、第2期として2003年12月から2004年3月の約3ヶ月半が終了した。その作業では、ゲッティ保存科学研究所による王妃の谷・ネフェルトイリ王妃墓の保存修復に従事したイタリア人修復家のジョルジョ・カプリオッティ氏の指導のもと、イタリア、エジプト、日本の修復師チームが王墓の保存修復にあたった。
 壁画は王墓のE室、I室、J室、Je室に描かれており、2期に渡る作業でその約80%のクリーニングを完了した。修復の結果、壁画は鮮やかな色彩を取り戻しただけでなく、精巧に装飾された細部の観察が可能となり、また、これまで汚れで覆われていた碑文の判読もなされた。これによりアメンへテプ3世王墓のエジプト学、美術史学的な重要性をあらためて認識させる成果があがっている。
 また、王墓内部では保存修復作業と並行して、各分野の専門家による様々な科学的調査も実施した。過般型X線回折分析装置による壁画の顔料分析、微生物等の生物学的分析、王墓内の環境計測、岩盤工学的調査など、保存修復に関わる基本的データを収集している。

アメンヘテプ3世王墓・E室壁画保存修復前
アメンヘテプ3世王墓・E室壁画保存修復前
アメンヘテプ3世王墓・E室壁画保存修復後
アメンヘテプ3世王墓・E室壁画保存修復後
アメンヘテプ3世王墓・J室壁画「アムドゥアト書」保存修復前
アメンヘテプ3世王墓・J室壁画「アムドゥアト書」保存修復前
アメンヘテプ3世王墓・J室壁画「アムドゥアト書」保存修復後
アメンヘテプ3世王墓・J室壁画「アムドゥアト書」保存修復後

第3期 アメンヘテプ3世王墓の保存修復プロジェクト中間報告


6. おわりに

 アメンヘテプ3世王墓の保存修復プロジェクトでは、天井壁画を含む約20%の壁画の保存修復作業、壁、柱の亀裂の補強工事、石棺の修復作業などが課題として残っている。これらの課題に取り組むため、早稲田大学エジプト学研究所は、2009年度に日本国外務省ユネスコ/日本信託基金の助成を受けて、ユネスコ、エジプト考古最高評議会と共にプロジェクトの第3期を始動する予定である。
 また2006年度からは、発掘調査および壁画の保存修復が概ね終了したことを受け、壁画や出土遺物の調査を再開している。今後も、これらの保存修復作業と調査を通して、アメンヘテプ3世王墓と古代エジプト人に関する研究をさらに深めていくこととしている。

7. 参考文献

  • Yoshimura, S. and Kondo, J. 1995 “Excavation at the tomb of Amenophis III”, Egyptian Archaeology 7, pp.17-18.
  • Yoshimura, S. and Kondo, J. (eds.) 2004 Conservation of the Wall Paintings in the Royal Tomb of Amenophis III -First and Second Phases Report-, Tokyo.
  • Yoshimura, S., Capriotti, G., Kawai, N. and Nishisaka, A. 2005 “A Preliminary Report on the Conservation Project of the Wall Paintings in the Royal Tomb of Amenophis III (KV 22) in the Western Valley of the Kings: 2001-2004 Seasons”, MEMNONIA XV, pp.203-212.
  • アメンヘテプIII世王墓(KV22)報告書刊行委員会 2008 『エジプト王家の谷・西谷学術調査報告書〔I〕―アメンヘテプIII世王墓(KV22)を中心として―』、中央公論美術出版。
  • 河合望、吉村作治、近藤二郎、ジョルジョ・カプリオッティ 2001 「アメンヘテプIII世王墓保存修復プロジェクト予備調査概報」、『エジプト学研究』第9号、早稲田大学エジプト学会、pp.39-45.
  • 吉村作治、近藤二郎、河合望、西坂朗子、瀬戸邦弘、高橋寿光、中右恵理子 2005 「アメンヘテプ3世王墓保存修復作業概報:2001年3月〜2004年3月」、『エジプト学研究』第13号、pp.5-21.


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